松浦祐己のコラム「練功の源流を訪ねる③」

 

 

練功十八法は前段、後段、益気功から成り立ち、益気功には「気功」という言葉が使われています。

気功は1950年以後にできた言葉です。気功の命名者は河北省の気功療養院の院長 劉貴珍です。彼は「気」とは「呼吸」のことであり「気功」は「呼吸訓練」と定義しました。

 

劉貴珍は疾病者が呼吸の訓練をすることによって病気を治療する「医療気功」を広めました。1953年に彼が出版した「気功療法実践」は百万部のベストセラーになり気功ブームが起きました。

 「気」には空気、呼吸、意識の意味もありますので意識して空気を吸って吐く、呼吸を意識すれば、それは「気功」といえましょう。しかし、人体に流れる気に着目する「導引」や「気」を基礎理論として成り立つ中国伝統医学(中医学)からすれば「呼吸」だけを「気功」とするのは狭義とみたようです。

 

1980年代に入り、劉貴珍の「気功療法実践」が再版されたとき、呼吸に特化されていた気の概念は従来の伝統的な古典理論に改変されました。

「気」の古典哲学思想の内容は『生命の根源であり、体内を巡っているのが「気」である。「気」には、生命の誕生と成長を担(にな)う根源的なエネルギーである「先天の気」と生まれた後に呼吸や食事を通して自然界から摂り入れる「後天の気」がある。後天の気は増やすことが可能で先天の気を補う』というものです。この「後天の気」を高めることが「気功」ということになります。

1975年、荘元明老師によって「練功十八法」前段・後段が作られました。

武術家、運動科学、西洋医学の大学教授の協力を得て作られた「練功十八法」は新時代の保健操として国民に歓迎され中国三大国民体操(太極拳、中国ラジオ体操、練功十八法)の一つになりました。

 荘元明老師は「推拿(すいな)」の専門家でしたので、「練功十八法」に「推拿のセルフマッサージ」も取り入れました。推拿は3千年以上の歴史があり、漢方薬、鍼灸と並ぶ中医学の三大治療法の一つで中国式按摩、マッサージ、整体が一体となった療法です。

 

 そして前段、後段ができてから5年後「益気功」が作られ、「気功」の名称と共に各節名称の末尾には総て「気」の字が付きました。運動により体内に気を通す「導引」は、練功の「益気功」として更に発展を続けることとなりました。

 

日本健康づくり協会代表 

    松浦祐己 

  (まつうらゆうき)